鋸南町観光

●源頼朝 上陸の地(みなもとのよりとも じょうりくのち/Minamoto Yoritomo)

説明

源頼朝は、治承4年(1180年)8月に伊豆で平家打倒の兵を挙げましたが、相州石橋山の合戦で敗れ、28日に同国土肥郷の真名鶴岬(現真鶴岬)から小船で脱出し安房の国房総へと逃れます。翌29日、わずかな供を連れて、鋸南町竜島に上陸しました。竜島の村人たちは、頼朝を歓迎して、いろいろと世話を焼いたと伝えられています。源氏にゆかりのある安房の武将・安西景益は、頼朝を護るため自分の館に招きいれます。頼朝はそこから、房総の有力豪族に使者や手紙を送り味方を募り、勢力を盛り返しました。上陸したとされる場所には、碑が建てられており、再起再生の地として注目を集めています。
◆頼朝とつのなしサザエ
 治承四年(1180)、伊豆で平家打倒の兵を拳げた源頼朝は、石橋山の戦いで敗れ、真鶴岬から、いったん安房の竜島(鋸南町)にのがれました。竜島に上陸する時、頼朝はあやまってサザエをふんでけがをしてしまいました。さいさきの悪いことなので、頼朝は怒って、「竜島のサザエにつのなど無くなってしまえ。」とどなりました。すると、それ以来、竜島のサザエには、つのが無くなってしまったと言われます。            
◆頼朝がくれた姓
 戦いに敗れ安房の竜島に逃れてきた源頼朝を、竜島の村人たちは親切にもてなしました。感激した頼朝は、こう言います。「わしが天下をとったなら、おまえたちに安房一国を与えよう。」それを聞いた村人は、安房一国を穀物の粟一石と勘違い。「粟なら畑で取れます。それより私たちに姓をください。」と言いました。頼朝は村人の欲のなさを笑い、「そうか、ばかだなぁ」と言いました。
 それを村人は姓をくれたものとまた勘違い。「左右加」「馬賀」と名のるようになったと言います。

営業時間

1180年(平安時代・治承4年)

施設名

県指定史跡

住所

千葉県安房郡鋸南町竜島165-1 MAP

問い合わせ先

鋸南町歴史民俗資料館  TEL:0470-55-4061

アクセス1

源頼朝上陸地へは、JR内房線安房勝山駅から徒歩10分周辺には、菱川師宣記念館などがあります。

  • ※最新情報は、施設に確認して下さい。

    • 勝山沖から見た鋸南町。源頼朝もこの景色をみたのでしょうか。